ハイロックが語る「HIVISION」が誕生した理由

9月某日。群馬にあるハイロック氏のアトリエを訪れた。目的はただひとつ。彼が立ち上げた「HIVISION」がどういうメディアなのかを知るためである。


「コーラでいいよね?」


アトリエに到着した僕に、冷えたボトルを差し出してくれたハイロック氏。今日は休日モードなのか、いつも以上にリラックスした印象だった。

ハイロック氏は昨年12月31日をもって、10年間続けてきたニュースサイト「Fresh News Delivery(FND)」を終了させた。

突然の出来事にFND読者だけでなく、多くの業界関係者を驚かせたのもつかの間、本人自らが“FNDのシーズン2”と位置付ける新メディア「HIVISION(ハイヴィジョン)」を、今年6月にAmeba Owndから早々にローンチさせたのだ。僕は仕事を通じて彼と出会い、光栄にもHIVISIONのメンバーとして参加させてもらうことになっていた。


しかし、そもそもHIVISIONとは、どういう目的で誕生したメディアなのか……。僕自身、いまだにHIVISIONのことがよくわかっていないという理由もあり、彼のアトリエがある群馬まで足を運び、本人から直接話を聞くことにした。


「メディアの目的? ないから、そんなの」

「え、ないんですか?」

「ないない」

「じゃあ、なんでFND、辞めたんですか?」

「それはあれだ。あれ。飽きたから」


いつも以上に飄々と受け答えをするハイロック氏。インタビューはアトリエの近くを散歩しながら、雑談の延長線上で始まった。2人でしばらく歩くと、巨大なタコのすべり台がある公園に到着した。

「モノ選びで、ハイロックさんが影響受けた人っています?」と僕が質問すると、彼は「3人いる」と教えてくれた。


「まずは所さん。雑誌の中のね。テレビだとマスに向けだけど、雑誌の所さんはけっこうマニアックで、学生のときにいろいろと影響受けたね。そのあと、就職したセレクトショップの社長、井上さん。所さんとは違うエッセンスがあって、洋服とか車とか、僕のセレクトの基礎はすべてこの人から。それからNIGOさん。とにかくすごかった。あとにも先にも、あれほど完璧なセレクトを導き出す人はいないよね」

地元で見かけるやんちゃな先輩──。

初めてハイロック氏に出会った時から、僕の中にある彼の印象である。学校で不良グループに入っているのに、なぜか近所のおばちゃんに好かれている、そういうタイプの人だ。まあ、これは僕の勝手なイメージなのだが……。


「HIVISIONに参加する人って、どういう基準で選んでいるんですか?」

「ひと言でいうなら、受信感度かな」


何気なく聞いた質問に帰ってきた「受信感度」というキーワード。思わず漏れたこの言葉に、HIVISIONの本質を表すものが隠れていた。

「HIVISIONで声をかける人は、発信力よりも受信力を基準に選んでいる。受信感度が高ければ、文章力はゼロでもいいと思ってるぐらいだから。というか、文章が苦手なら、その人が得意とするもので発信すればいいだけ。最近のメディアってどのように発信するとか、何を発信するとかに重点が置かれているけど、本当に大切なことって、人にはない視点で、おもしろい情報や出来事をどれだけ“感度のいいアンテナ”で受信できるかにかかっていると思うんだ。

ZTOKYOの『赤外線サーモメータ―』の記事でも話したけど、あの温度計を『化学実験で使われる道具』と紹介するか、『ブレイキング・バッドで使われていた道具』と紹介するかで、モノの価値や印象は全然違うものになる。そういうことに気付く受信感度というのは、その人のセンスや個性の話だから、誰かが代わりをできるものでもないし、教えられるものでもないんだ。HIVISIONでは、そういうおもしろい受信感度を持った人たちを集めていきたいね」

HIVISIONというメディアは、書き手が誰かに「これ知ってる?」と話したくなるようなコトやモノを紹介するサイトだ。

そこでは情報の鮮度や正確さだけが重要なのではなく、あくまで「視点の面白さ」や「本筋とは違うサイドストーリー」が大きな役割を担っている。

例えば、160mlのコーラ缶の魅力について語った記事『160mlのモバイル缶コーラ』。中身がまったく同じで容量だけが違う場合、小さいサイズのほうが割高に感じるのは当然のことだ。しかし、この記事を読んでみると、そんなありきたりな価値基準にパラダイムシフトが起こり、通常の350mlよりも160mlのコーラ缶が欲しくなってくるから不思議だ。

HIVISIONメンバーのはなえさんが書いた『小さく畳めるL.L.Beanの「グローサリー・トート」』では、L.L.Beanのトートバッグを買うことで、どんな心境の変化があったかを紹介している。その変化は「大きい鞄は使い勝手がいい」とか「今年はアウトドア系が流行る」といったものではなく、「このまま夏が終わるのがいやだ」という予想外のステートメントが記事をウィットにしているのだ。

「メディアとしての発信力よりも、読者にはメンバーの受信力を楽しんでほしい」そう語るハイロック氏は、HIVISIONではメディアとしての大義や目的はないとしながらも、毎日更新される記事を読んでいれば、結果的に“高解像度な視点”を持つためのトレーニングになると話す。


「毎日の生活で高解像度な視点を持つというのは、実はすごく大切なことなんだ。解像度が高いからこそ、見えなかったものが見えるようになり、これまで見向きもされていなかったものが、自分にとっては意味のあるものになったりする。それは人生の選択肢を広げることでもあり、多様性を認めることにもなる。モノ選びのセンスが上がるというよりかは、人生がよりビビッドになる感じだと思う。HIVISIONでは、そういう雑多で、瞬間的なものを積み重ねていきたいんだよね」

テクノロジーが進化して、生活がどんどん豊かになっていく一方、一部の人々はあることに気づき始めている。美しい写真を残すためには、解像度の高いカメラが必要なのではなく、美しい景色に気付く“解像度の高い視点”が必要だということを。


「だから、HIVISIONというメディアをつくった……、ということにしといて(笑)」


彼は冗談交じりでそう話していたが、おそらく半分は本音だったに違いない。だからこそ、FNDのように1人で始めるのではなく、多角的な視点が確保できるように、年齢や職種に関係ない個性的なメンバーを集めたのだろう。


HIVISIONの記事に正解はないし、優劣はない。参考にしてもいいし、反面教師のように読んでもいい。ゆるい記事もあれば、まじめな記事だってある。

メンバーが日常生活で受信した“ワクワクした気持ち”や“知ってほしいこと”、その視点を楽しむことにこそ、HIVISIONの本当のおもしろさがあるのだ。

稲崎吾郎

神戸生まれ。アート/インテリア/ライフスタイルを中心に様々なメディアで執筆活動を続けるフリーランスライター。数十社以上のメディアでの企画/編集/執筆にかかわり、オウンドメディアや記事広告で制作したタイアップ記事は数百本以上。幅広いフィールドで執筆活動を続けている。